Essays
2020年4月20日
運命の自覚
ライフデザインカウンセリングでは、各自のライフテーマを扱う。ライフテーマは、3~8歳ぐらいまでに各自が広い無限の
環境から任意で好みの構成物を選びとる。これは無意識なので、運命と思われるかも知れない。例えば、子どものころ押し入れに
閉じ込められた経験や、柱に縛られた経験があると、「自由になりたい」という意志が芽生えたりする。このような意図の転換
が生じることがある。いくつかの例をあげてみよう。
拘束、不自由ーーー>自由になりたい
恐れーーーーーーー>勇気
混沌ーーーーーーー>秩序
汚れーーーーーーー>清潔
人間の基本的なパーソナリティはアークすることがある。アーク(arch)とは、ハリウッド映画の主人公がよく見せるスートーリーの
展開である。基本的な個人のパーソナリティはそこに存在するのだが、外界の刺激に対する応答に変化が生じることがある。トイ ストーリーの登場人物は、始めの自分たちの世界がすべてだと思っていた。しかし、外の世界を知ることで、そこは嘘の世界だと
気づく。リアルな世界に出ると、登場人物は世界の刺激に各自の特性を用いて応答する。本質的なものはそのにあるのみ、各自は
トランスフォーム(転換)する。登場人物の行動は、それぞれのニーズに応答して意味のある行動へと転換される。
子どものころに親からの精神・肉体の虐待や、さまざまないわれのない不合理な環境に出会って不幸を体験した人は多い。両親
は子どもを傷つける意図がなくても非常な発現をすることもある。過去の出来事は、事実が何かというよりも、そこからどのよう
な意味を見出したかが問われる。つまり、そのような場合、子どもが意味を構成したともいえる。
英語で、出来事を所有する(have)という理解が難しい表現がある。あるいは、自分のものとして引き受ける(own)という表現も
ある。カウンセリングは、クライアントが問題を所有しているかいないかが大きな課題となる。所有すると、それに取り組める、
外在化して問題を対象物として観察するという意味にもなる場合はある。しかし、多くの場合は当事者として運命を引き受ける
という実存の課題として理解したほうがわかりやすい。
ライフテーマは、このような実存的な意味で、自分の運命を引き受ける勇気を意味することが多い。引き受けることが知恵や
勇気が生じる。
新型コロナウイルスも同じである。引き受ける覚悟が生じることで対策が生まれる。否定はできない、引き受けることが
だた1つの解決策である。引き受けることで、創造的な価値を生むことが可能となる。皮肉にも、人類は悲劇を創造に
転換することで乗り越えてきた。
ライフテーマに向き合い、受け入れ、所有して、転換することが、ライフデザインカウンセリングの目的である。
自己効力感
自己効力感は、Bandura(1977)によって提唱された概念である。Bandura によると行動決定する要因には、結果予期と自己効力感があるとしている。
自己効力感に影響を与える要因に4つの情報源がある。
①制御体験(enactive mastery experience);思考プロセスが行動をコントルールして行動を達成する、
②代理体験(vicarious experience);他者の体験を見本にする、
③言語的説得(verbal persuasion);成功できると思わせる説得、
④生理的情動的状態(physiological and affective states);身体的な刺激と反応、感情、気分。
さらに、4つの要因が考えられる。
①行動に対する意味づけ、
②達成するための方略、
③原因の帰属、
④ソーシャルサポート、
⑤認知能力、
⑥健康状態。
自己効力感を得るとその結果として、次の4つが考えられる。
①行動の達成、
②達成に向かう努力、
③似たような状況で達成できる、
④生理的、心理的反応のポジティブな変化。
5月のエッセイ
キャリア開発の学習レベル
キャリア開発の3つの学習レベルがある。
レベル1:知識の獲得
知識と理解力を高める。記憶する、認識する、記述する、明確化できる、論じる、説明できる、要約できる、探求できる、新しい知識や情報をまとめることができるなど。
レベル2:応用力の獲得
獲得して知識を状況や自己に応用することができる。実行できる、活用できる、実践できる、詳細に具体的に説明できる、問題を解決できるなど。
レベル3:内省力の獲得
分析できる。統合できる。批判できる。目標、価値、信条に鑑みて評価できる。変化する状況に鑑みて獲得した知識を統合すべきかどうかを決定できる。
知識だけでなくて、知識を実際に応用して、さらにその結果を分析して統合できる学習をすることで、より高いキャリア開発ができる。キャリアカウンセラーは、クライエントのキャリア開発力を高めるためにレベル1からレベル3までの介入をする必要がある。
キャリア開発の歴史
1940年代のキャリア開発は、個人と環境との適合を客観的に知る目的で進められた。個人は分析され測定されて、それぞれの適性に応じて相応しい職業とマッチングするのがキャリアカウンセリングの目的であった。この時代は客体としてのセルフ(self as object)が特色となった。
1970年代は、セルフを成熟させる援助がキャリアカウンセリングの目的であった。この時代は、セルフの内側にあるものを成熟させた、成功の階層を登ることが典型となった。この時代は主体的に活動するセルフ(self as subject)が特色となる。
21世紀の自己は、企画するセルフ(self as project)が求められる時代となる。生涯同じ仕事をする時代ではなくなり、雇用される能力の維持が個人の責任となる。クライエントは言葉を選んで自己を構成して、自己概念を形成する。自己についての語りは、個人を社会へと向かわせる自己解釈としての自己理解を提供する。
従って、今のキャリアカウンセリングの効果を実証するためには、生きる意味を発見して個人が自律的にキャリアを開発してエンプロイアビリティを維持することが目的となる。当然、キャリアカウンセリングの効果は、対象者の自律の成長を測定して実証することが求められる。
アカウンタビリティ(説明責任)
キャリア開発のプログラムを実施した結果、「どのような変化が起きたのか?」と問われると、 その問を検証するためにキャリア開発プログラム実施の結果報告、つまり、目標達成の水準、目標達成の程度を示すデータが必要となる。プログラム実施の結果報告としては、変化を記述する成果のアセスメント(例、キャリアカウンセリングを受けて、エンプロイアビリティが向上したか?)が必要となる。また、どの程度目標が達成したかを実証するデータ、またカウンセリングプログラムを実施できるスキルがあるかどうかを評価する基準を明確にする必要がある(例、このキャリアカウンセラーはどのような介入をしたか、その結果は?)。さらに、キャリア開発プログラムが一定の基準に沿いプログラムの質が保たれていることを実証する必要がある(例、介入が有効であるための標準をどのように設定したか?)。
プログラム評価には以下がある。
①プロセス評価 実際にプログラムがどのように実施されたかの説明
②アウトカム評価 プログラムが終了して短期間の効果を評価すること。
③インパクト評価 プログラムが狙っている最終的効果の評価。
実証研究の方法は、まずベースラインのデータを確保してプログラムを実施する前のデータを収集する必要がある。さらに、プログラム実施によって、何がどのように成長したかが明確になるデータを収集して、分析する。分析するものは、プログラム実施によって変化する要因、例としてスキルの発達、学習領域での理解変化、実際の行動などがある。プログラム実施の目標に達成したかどうかは、結果のデータを収集して分析し、初期値と比較することで検証できる。ここまでの検証ができると、次の介入プログラムが作成できる。
カウンセラーの臨床コンピテンシー
国家資格キャリアコンサルテントの育成カリキュラムには、社会的な背景理解、必要な知識、必要な技能、倫理と専門家としての行動という4つの領域が示されている。さらに、人間を援助するすべての専門職業として、基本的なカウンセリング理論と技術が必要になる。その専門家としての態度が存在し、専門家としての関係性が構築できることが専門職者になるための関門を通過する要件となる。
援助専門家の資質に欠ける場合
それでは、専門家としての態度がとれない、関係構築ができない援助職者は、どのような資質に欠けるのだろうか。一般的に考えられるのは、人間として他者をケアする態度に欠ける、社会的な常識に欠ける、倫理的な問題がある、他者を利用する、他者に危害を与える恐れがある、専門家としての資質に基本的な理論と技術を修得していない、などがある。
筆者がカウンセラーの資質として欠けるとして問題にするのは以下である。
① 自分の言動が他者に与える影響に無関心。
② 他者の尊厳を尊重しない、人権を尊重しない。
③ 個人の課題の複雑さが理解できない。
④ 知らないことを知ろうと努力しない。リフレクションができない。
⑤ カウンセラーの世界観や価値観を押し通す。
⑥ ケースを概念化できない。専門知識に欠ける。専門的な基本的援助技術が不足。
⑦ 基本的な信頼関係が形成できない。
⑧ 自己の心身の状態による他者への影響を理解できない。
⑨ チームで行動できない。
⑩ 感情を抑制できない。
以上のどれかに課題のある人であっても、教育やガイダンス、あるいはカウンセリングを受けることで再教育や治療できる人と、カウンセラーには根本的に向かない人がいる。その振り分けをすることをゲートキーピングという。つまり、ある特定の人は、援助職につけてはいけないのである。特に、他者を操作する、利用する、意図的・無意図的に傷つける恐れがある人たちのことである。
援助者として中核となる資質
アメリカ心理学会が示す中核となるコンピテンシーが示されている。これらは、筆者が経験的に知っていることを学問として的確に表現したものである。それらを要約すると以下になる。
① 専門家しての価値観を維持して、その責任を引き受ける覚悟。
② 自己と他者を適切にアセスメントする知識と技術。
③ 倫理綱領を現実の問題に応用できる能力。
④ 自己省察できて、自己を修正する能力。
⑤ 個人、グループ、社会との適切な関係性を形成できる能力。
⑥ コンサルテーションやカウンセリングについての知識を現実問題に応用できる。
⑦ 未知の出来事を研究して、科学的に理解する努力する態度。
⑧ エビデンスを基礎に知識や技術を応用できる能力。
⑨ さまざまな見たてをすることができる。
⑩ ケースの概念化ができる。
⑪ 介入できる。
⑫ 必要に応じてケースをリファーできる。
⑬ 他の専門職と協働できる。
⑭ 組織の管理、社会の仕組みの理解、社会システムを改善する能力。
もちろん、カウンセリングの勉強を始めたばかりの人、インターン、カウンセリングの初心者、中堅カウンセラー、専門家カウンセラーなどと熟達に応じて要求されるレベルは高くなる。
カウンセリングの基礎となる2つの学問
カウンセリングには、根本的に異質な2つの学問の土台がある。ひとつは因果律を中心とした科学という学問である。科学は、人間が何を信じるか、どのように考えるかに関係なく存在する普遍的な法則である。もうひとつは、人間が必要とする主観的に納得する学問である。『心理療法と因果的思考』(河合隼雄、岩波 2001年)に、このような2種類の思考について次の説明がある。
① 信じるかどうかに関係なく存在する普遍的法則(科学的な因果法則)
② 主体的に納得できる因果関係〈主観的な納得に向けての説明〉(ケア)
カウンセリングにおいては、因果関係を実証する科学的な研究論文が存在する。また、生き方を理解するケース論文(概念化、解釈)が存在する。両者は共に尊重されている。カウンセラーは、この異なる2つの学問を統合する。
臨床の知とスキル
そもそも科学論文は、普遍性、論理性、客観性を重んじる。科学論文は、例外なしにいつ、どこでも妥当する普遍性を追求する。また、極めて明快に首尾一貫している論理性が尊重される。さらに、あることが誰でも認めざるをえない明白な事実として存在している知を求める。
ところが、実際の問題はさまざまな文脈や場の中で発生する。家や組織、社会の仕組みの理解が必要になる。また、事物は実にさまざまな解釈や意味が存在する多義性を特色とする。人間は問題が何かという事実と共に問題の意味を知ることを求める。さらに、カウンセラーは、それぞれの問題に潜む個別性や特殊性を理解することも必要になる。
人は、苦痛や試練に耐える、あるいは病み、痛みを受けて成長する。臨床的な立場では、カウンセラーは問題を知ることとクライエントの苦痛を感じるとる共感性とのバランスを大切にして、悩みや苦しみの原因を分析するとともに、苦しむ人間を理解して受け止める。つまり、カウンセラーはその人の人間性と共にスキルが問われる。
援助者の臨床スキルには、①自分の気持ち・考えを正確に捉えるスキル、②周囲の状況や相手を観察するスキル、③要求や希望を明確に表現するスキル、④ことば以外の信号を活用するスキルが必要である。カウンセラーは、自己への気づきを深めることができて、事実を正確に表現できて、事実を批判的に分析して、評価して、さらにすべてを統合して理解するスキルが必要となる。
援助者になる動機
対人援助者は、自らの欲求に気がつき、それを受け入れ、そのような欲求が他者とのかかわりにどのような影響を与えるかを意識する。援助者の欲求は以下がある。
・他人に影響を与えたいという欲求-よい社会にしたい。他者を援助したい。
・恩返しをしたいという欲求―自分が影響を受けた人、あるいは恩人に感謝すると。
・他人の世話をしたいという欲求―根っからの世話役。
・セルフヘルプの欲求―自分自身の問題を解決するために援助職につく。
・必要とされたい欲求―しかし、感謝しない人もいる。
・他者に答えを与えたいという欲求― アドバイスを与えたい欲求。
・相手をコントロールしたいという欲求―相手を管理し支配したいという欲求。
カウンセラーは自己の欲求に敏感となり、自己の人間性を道具として展開される関係性のアートでもある。カウンセラーの専門家としての態度を形成するためには、「援助することにかかわる、自分の欲求や動機をどのくらい意識しているだろうか」「他者に純粋に関心をもちながら、同時に自分自身の成長に関心をもつことができるだろうか」と問う。
カウンセラーとしての資質があるかないかを審査することは、カウンセラーのコンピテンシーがあるか欠けるかを問うことでもある。コンピテンシーとは、基本的な自己知識、カウンセリング理論の理解、かかわり技術の習得、深い人間理解、人間社会の理解、人間に対するケアや共感的態度、人間尊重態度、リフレクションする力である。
1月のエッセイ
カウンセリングの定義
カウンセリングの本領は、やはり問題が起きる前に行動して予防することにある。しかも、人間の全体に配慮できる特色がある。全体的とは、社会、心、身体、精神などの人間、存在すべての側面を総合的に扱うことができることを意味する。人間の生涯発達という視点から個人の健康的な成長を促進して、問題に対処できる。人間関係を形成するプロセスを理解する能力と技術の習得を促進させることがベストな予防対策となる。
そもそも人間を、健康なグループと病気のグループというように世界を二分することはできない。だれもが健康な存在の中に病を抱え込んでいる。カウンセラーは、クライエントの直近のニーズを満たし、クライエントのすべての能力を発揮して、満足感を得られる人生を達成する援助をする。
クライエントのニーズは、政治、社会、家族、経済という文脈で満たされる。カウンセリングは、単なる主体的な満足感を促進することだけではない。生活すべての側面のニーズに応える必要がある。
技術としての共感
カウンセリングの基礎を確立したカール・ロジャーズ(C.Rogers,1902-1987)によると、共感の基本は、他者が見るように見ることと述べている。しかし、人は他者と同じに感じることは出来ないことを忘れてはいけない。真の共感的態度は、共に喜び、共に悲しむことだが、同時に脚色しないで、ありのままの現実を受け入れる冷静さを維持する態度も必要である。
共感は、相手の話しをどう聴いたかをフィードバックしたときに生まれるものである。フィードバック技術の獲得が共感の要になる。要約とは言い換えよりも長く、さらに多くの情報を含む。要約は、話の始めか終わりに使われることが多い。話題を変える時に要約は有効である。話し手が、あまりにも多くの情報を伝えて、混乱しそうになる時などに有効になる。要約をした後に次のように言うとさらに効果が増す。
「私は、正確に理解したでしょうか。」
「何か理解不足とか、足りないところがあるでしょうか。」
相手が話すことを分析の対象として聴くのではなくて、共にその場にいるという感覚を大切にする。そうすると、相手を自分自身の中に受け入れることができるようになる。カウンセラーが生きている人間としてどう聴いたかが重要になる。あるがままに聴き、共にその場にいる感覚によって共感が生まれる。カウンセリングの共感は、理解したことを言語化することが不可欠である。